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海外文学を中心に朗読した小説の分からないところを調べて、折角なのでまとめていきたいと思います。あなたの読書生活をお助け出来たら幸いです!

『シカゴ育ち』のまとめ スチュアート・ダイベッグ 荒廃地域

この回は初見の方など来ていただけて、いろんな人に聞いてもらってすごく楽しかったです。前回の『冬のショパン』『ライツ』『右翼手の死』とは全くテイストが違う掌編で、何だか不良少年たちの青春映画を見ているような気分にさせられました。

前の三編は儚げで、淡雪のような印象を受けます。季節でいえば冬、だと思います。でも『荒廃地域』はがっつり夏です。むちゃくちゃな熱気があります。しかし、アメリカにおける有名人や地名など様々な固有名詞は健在です。

この話をより魅力的に、また実感をもって捉えるために、頑張ってさらっていきたいと思います。

 

 

いつの話か

冒頭に「朝鮮戦争ベトナム戦争の間の、ロックンロールが完成に近づいてきた頃」とあります。朝鮮戦争は1950-1953、ベトナム戦争は…

1965年に本格化した、ベトナムの共産化を阻止する口実で出兵したアメリカ軍と、北ベトナム南ベトナム解放戦線との長期にわたった戦争。1975年、アメリカに支援された南ベトナム政府が崩壊、北によるベトナム統一が行われ、終結した。

 (ベトナム戦争

 とありました。Wikipediaではわかりづらかったです。ベトナム戦争は何だか以前からやりあっていて、アメリカが介入した1965年から激化したようです。

ということなので、この1953-1965の12年間の間のお話のようです。

 

荒廃地域とは

そもそも荒廃地域とは何でしょうか。原題は"blight"となっています。ネット上の英英辞典で引いてみましょう。基本は植物等が枯れたり萎れたりしているさまのようです。二番目の意味に

  • ・anything that destroys, prevents growth, or causes devaluation: slums are a blight on a city

    (Blight dictionary definition | blight defined

 があります。

 

(余談ですがこのサイトは英英辞典の横断検索ができるようです。ここの”Webster's New World College Dictionary”から取りました。Webster's New World College Dictionaryってなんだろう、信頼出来る辞書なんだろうか、と思ってしばしぐぐると、

 

tricken.hatenablog.com

こんな素晴らしいページが出てきました。こちらによれば

ネイティヴの大学生・実務家・研究者等が参照しても使用に耐えるものが、大体このあたりになります。冒頭の表で同じランクとして揃えているように、日本語ネイティヴにとっての『広辞苑』『大辞林』のような位置づけとなっています。

とあります。信頼はおけるようですね。OEDと並べられるランクであれば、以後使って行ってもよさそうです。)

 

さて。

blightとは、破壊され、成長を妨げられたり、価値の低下が起こること。ここではスラムをa cityにおけるblightといっていますが、作中にはblight認定された自分の町はスラムじゃないと言っているような表現があります。ちょっと疑問ですが、まあよしとしましょう。

当時の市長リチャード・J・デイリーが推進していた都市再開発計画と関係があるのかないのかわかりませんが、とにかくもそういう認定を受けてしまった「僕ら」の町。ここにあるのは、何ブロックも続く工場、線路、トラック置き場、産業廃棄物処理場、鉄くず置き場、高速道路、下水運河など。スラムというほどではないが、到底綺麗な住宅街とも言えません。

"blight"という認定は、「僕ら」にとって、スラムといわれるほど根本的なものではありませんが、何がしか無視できない不快なラベルではあります。

 

荒廃というのは、ニキビとか年をとるとかと同じで、たまたま起こる何ものかに過ぎない。それを公認することは、資産価値とかいうわけのわからない世界では意味があるんだろうけど、建物に居住不適裁定を下すとか、ある場所をスラムと規定するとかいった、根本的な意味があるわけではないのだ。スラムはガード下の向こうにあった。

 

荒廃の認定が下ってからというもの、僕らは自分たちの環境を新しい視点から眺めようとしていた。何かが変わったのか、少なくとも変わったように見えるのか、それを見極めようとしていた。荒廃という言葉は重々しい響きがした。聖書を思わせないでもなかった。イナゴの大群が引き起こす事態とかをだ。(62ページ)

 

リチャード・J・デイリー

wikipediaはざっと読んだんですが、彼のキャリアは1968年にキング牧師に関わることでターニングポイントがあったようで、それ以前の活動に関しては詳しく書かれていませんでした。

https://news.uic.edu/files/2013/12/RJDC_04_01_0041_0003_020_new-172x258.jpg

顔はこんな感じ。1902年生まれということですので1950年代当時の風貌に近い感じではないでしょうか。恰幅が良くっていかにも市長先生、といった感じがあります。

New website offers oral histories of Richard J. Daley | UIC News Center

こちらで動画も見れますので、興味が有る方はどうぞ。

こんな人がゴミ箱を漁っている幻覚を見るというんだから面白いですね。絵的に映える気がします。

一つ一つ、作中に出てくる知らない固有名詞を追いかけていくとしましょう。

 

リトル・リチャード

幼いころから聖人や有名人の幻を見ていて、かつ夢遊病者であるジギーの見る夢のひとつに、ジギーとリトル・リチャードと僕とがバンドを組んで、セントサピーナのローラースケートリンクの真ん中で演奏しているというものがあります。

 

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ちょうど1956年の映像がありました。カッコイイですね~。テンションが上がる!

 ブルーベリー・ヒル

 

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ダグラス・パーク

http://www.dreamtown.com/photos/neighborhoods/douglas-park/douglas-park-25.jpg

http://www.dreamtown.com/photos/neighborhoods/douglas-park/douglas-park-22.jpg

Douglas Park Photos - Chicago Neighborhood Pictures

 

 オーク・ストリート・ビーチ

 

 

Пляж - シカゴ、オークストリートビーチの写真 - トリップアドバイザー

 

めちゃくちゃいいところですね。こんな街のすぐ傍に海があるなんて凄い。

オーク・ストリート・ビーチから見たシカゴの街は、僕らが夢見た街が現実になったみたいに見えた。絵の具のように青い水平線に浮かぶ白い帆のヨットや、湖岸高速道の向こうで湖を映し出す高層ビルの窓ガラスの壁を、僕らは…のんびりと眺めた。光を吸い取る青い影はやがて琥珀色に深まり、燃えるようなオレンジ色の太陽はきらきら光るビルの彼方に沈んでいった。

彼らシカゴの荒廃地域の不良少年たちは、こんなとこに行ってぶらぶらして、

 

 テキーラ

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これかあ。これのリズムに合わせて道端に棄てられた車をぶっ壊して、

 

スクリーミン・ジェイ・ホーキンズ  
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に夢中になってブルース・シャウトを真似て競い合って、バンドを組んだりして青春を過ごしていたと。いいなあシカゴ。何か絵になるもんなあ。彼らの中では「北へ」が自由の象徴だったようです。

 

レチョン

ペパーがアプローチしていた女の子リンダは、スラング?として咄嗟に豚(レチョン)!と叫ぶのですが。調べてみると、

ejje.weblio.jp

ということは…どういうことだってばよ。この子はスペイン系だったりするのでしょうか。この後にも「馬鹿」をスペイン語で言っているのできっとそうなんでしょう。

こんなふうに当然のように外国人が出てくると何だかちょっと戸惑います。田舎者の私だけでしょうか。でもこういうふうに特に特筆されることもなくさらりと描かれると、シカゴの感覚が少し分かってくるような気がします。スペイン系とか、別に珍しいことじゃないし、みたいな。…こういうことでいいのかなあ。

 

ハウリン・ウルフ

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 ❝三人で『スクリーミング・ジェイやハウリン・ウルフみたいに』叫び、わめき、金切り声をあげた❞と書かれていたところです。いやもう名前からして「叫んでいるジェイ」「吠えているウルフ」で推して知るべしという感じですよね。

 

 序曲1812年
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 小澤征爾さんが指揮している動画があったので貼っておきます。想像よりだいぶ荘厳で噴きました。ディージョが「荒廃地域」なる小説を書いているときにいつも爆音でかけていたという曲です。下着姿で屋上に遊ぶ病める老人たちのような夜更けに始まって、クモとイモムシの乱闘があり、お互いが争いの無益さに気づくと同時に一匹のスズメが舞い降り、両者を食べるという話です。ディージョはこの時にはあらゆる音から恐怖と美の言語を語る声を聞き取り、その言語を理解していたそうです。これは、洒落にならない。統合失調症とかいうのも野暮なことではありますけれど、真剣に考えれば恐怖でしかない。ですがそんな彼の幻覚を、妄想を、主人公の少年も、周りの人もどこか優しくすらある調子で受け止めます。文面からあふれる疾走感が、ディージョの異様さも深刻なものとせず、ユーモラスな当時の雰囲気の一部として置かれます。

私は創作物に出てくる狂人や精神病者、もしくは変わり者、もしくは天才、は大抵好きです。ディージョも好きだし、彼を後ろ指さすでもなく、過保護になるでもなく、腫れ物扱いするでもなく、ただ友達とみなす周りの人物も好きです。

 

火の玉ロック

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ディージョがもじって詞をかいたという火の玉ロック。

 

あまり日をあけずにまとめたいので、とりあえずこの辺りで切ります。

前回の記事もちょっと手直しして追記したので、あわせてご参照下さい。

ありがとうございました。